ストック・オプションの費用認識の根拠と算定方法を考える

「醍醐聰の会計時評」として再スタート
 このブログはこれまで私が東大教員として在職中に担当した「講義用のブログ」として活用してきましたが、今日から「醍醐聰の会計時評」と改め、時々の焦眉の会計問題を紹介し論評する記事を掲載していくことにしました。取り上げるテーマは企業会計に限らず、公会計、特に最近、私が関心を向けている国の特別会計や東京都の福祉財政などもマクロの財政政策との関連を視野に入れて取り上げたいと思っています。
 初回は私が東大での最終講義でも時間を割いて取り上げた「ストック・オプションの会計」、とりわけ、その中の「費用認識の根拠と測定のあり方」を考えてみることにします。

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 このテーマについては、だいぶ時間が経ったが、税務大学校の機関誌『税大ジャーナル』に上・下2回に分けて論稿を発表している。税務大学校のHP上で公開されているので、それをこのブログに転載しておく。

  醍醐 聰「ストック・オプションの費用認識と損金算入の要件(上)」『税大ジャーナル』12号、200910
  http://sdaigo-kougi.cocolog-nifty.com/stockoption_zeidai_no1.pdf
  醍醐 聰「ストック・オプションの費用認識と損金算入の要件(下)」『税大ジャーナル』12号、20102
  http://sdaigo-kougi.cocolog-nifty.com/stockoption_zeidai_no2.pdf

 また、これと内容が重複する点が少なくないが、雑誌『産業経理』にも発表している。
  醍醐 聰「ストック・オプションの費用認識の根拠と基準の再構成」『産業経理』第69巻第4号、20101
 こちらは残念ながら、全文を掲載できない。

 私がこれらの論文で強調したかったのは、ストック・オプションを付与した企業の側で株式による報酬を費用として認識する時の根拠は何か、今日、なお内外で通説のように言われている論拠―――ストック・オプションを付与することによって被付与者から提供されると期待される追加的労働サービスに対する対価」説―――は論証に耐えうるのかという点ある。しかし、私は、通説を批判するだけでなく、私の代替的見解を積極的に示すよう努めた。

 まず、通説的な費用認識の根拠に対して私が感じる疑問は次のとおりである。

ブラック・ショールズ・モデルはストック・オプションの価値測定に適合するのか?
 ストック・オプションを付与することによって被付与者たる会社役員・従業員等からどのような「追加的」労働サービスが、どの程度提供されるのかは、本来、付与後の経営業績の推移を観察することによって事後的に把握されるべきものである。しかし、内外の現行の会計基準では付与日時点でブラック・ショールズ・モデル等の方式を使って、対価たる株式報酬の公正価値総額がまず算定され、それと等価の労働サービスの提供があるものとみなすという筋書きになっている。私が不思議に思うのは、こうした筋書きそのものの信憑性である。というのも、
 ①まず、ストック・オプションを付与した時点で、これから提供されると期待される「追加的」労働サ―ビスの量および金銭的評価を確定してしまう、という点である。ブラック・ショ-ルズ・モデルは付与企業の株価のヒストリカル・データを将来に延長して株価のボラティリティを予測し、それを付与日の現在価値に割り引く手法である。その際の予測の方法自体にも種々の問題点(ボラティリティを週次で把握するのか月次で把握するのかで結果が大きく異なるなど)が指摘されてきた。しかし、それ以前に、この方式をストック・オプションの価値算定に用いることに大きな問題がある。
 なぜなら予測はどこまでも予測であって、実績がそれと合致することはあり得ない。ストック・オプションを付与することによって期待される「追加的サービス」というなら、付与後、権利確定時点までの経営成績の推移(株価はあくまでも指標の一つの候補)で提供された労働サービスの価値を把握するのが道理のはずである。ところが、今日、世界標準となっているストック・オプションの会計基準では、事後の株価の変動が予測値とどれだけ乖離しても、付与日に算定した価値(単価)を修正しないことにしている。その結果、付与日の後に、付与企業の業績が急速に悪化し、株価が権利行使価格以下まで下がった場合、被付与者の権利行使行動には影響が及ぶが、付与企業の側でのストック・オプションにかかる費用総額には影響が及ばないことになる。

 ②こうした帰結は、ブラック・ショールズ・モデルで予測された株価をミラーにして、役員・従業員が提供する「追加的」労働サービスの価値を迂回的に算定しようとする発想自体が間違っていることを意味している。今日、個別企業の株価といえども、当該個別企業の業績(ミクロの要因)のみに連動して変動するわけではなく、内外の金利水準の変動、それを反映した為替レートの変動と言ったマクロの要因にも相当程度影響されて変動することは周知の事実である。ましてや、個々の企業の株価といえども、その変動要因のうち、どれだけがストック・オプションを付与した効果に帰因するかを分解することは不可能に近い。

 ③「追加的に」提供された労働サービスの価値と付与されるストック・オプションは等価のはずだからと言われるが、実際に企業で交わされるストック・オプションの報酬議案を見ると、付与されるストック・オプションの種類は株式報酬型(いわゆる「1円ストック・オプション」もあれば、付与日時点の株価、あるいはそれに先立つ一定期間の平均株価に11.05等を乗じた金額の払込みを要するものもある。また、権利行使条件として株価なり経常利益が一定の水準を超えることを加味する事例も見受けられる。また、1円ストック・オプションのように従前の金銭による役員退職慰労金に代えて採用されるストック・オプションもあれば、既存の報酬体系は不変のまま、それと別枠で導入されるストック・オプションもある。
 このように、株式報酬の形態が多様化している実態を無視して、付与されるストック・オプションの価値が常に、提供される労働サービスと等価であるとみなすのは根拠のない強弁の類と言わなければならない。
 
ストック・オプションの価値は従前の報酬体系との連続性を拠り所に算定すべき

 以上のような疑問を突きつめて行くと、ストック・オプションの付与日をストック・オプションの価値測定(確定)日とする現行の会計基準への疑問にも連なる。自社株式を報酬とするストック・オプションも付与企業から言えば労働債務の一種であるが、労働債務は一般に役務が提供されるのに応じて(通常は一年を単位とする会計期間ごとに算定あるいは改訂されるのが通例である。これに準じていえば、また、ブラック・ショ-ルズ・モデルで株価を指標に予測されたストック・オプションの公正価値も提供された労働サービスの価値との乖離を補正するためには事後の修正が必要になるはずだから、初めから予測値ではなく、実績値で算定すべきではないかということになる。
 ところで、ストック・オプションの採用によって期待される「追加的な労働サービス」といっても、それは不可視のインセンティブ効果であって、その効果は結局は外形的に観察可能な実績値(経営業績)で把握するほかない。しかし、株価であれ利益水準であれ、実績値といっても、金銭による労働報酬と株式による労働報酬を区分し、ストック・オプションの採用によって「追加的に」提供される労働サービスを金銭報酬のみの場合の道労働サービスと区分したうえで、それに対応する対価(債務)を測定するのは不可能に近い。
 これに対して、1円ストック・オプションのように従前の金銭による役員退職慰労金を廃止する代わりに採用される株式報酬の場合は、金銭で算定された従前の報酬総額を引き継ぐ形で(あるいは契約により減額・増額する形で)ストック・オプションの総額を算定することは不合理なことではない。私が上の論文で提案した代案はさらに肉付けが必要とは考えているが、エッセンスはこのようなアイデアに基づくものである。

 これとの対比でいうと、既存の報酬体系を不変のまま、ストック・オプションを導入したというだけで、「追加的な労働サービス」が提供されるはずであると観念して、労働報酬の算定には不向きなブラック・ショールズ・モデルを用いて、空想の世界で、「追加的な労働サービス」なるものとストック・オプションの公正価値なるものの「等価関係」を創作して費用認識を正当化しようとする議論は到底、論証に耐えうるものではないのである。

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定期試験の出題範囲について

7月10日の最終講義の冒頭で定期試験の範囲についてアナウンスしましたが、補足があるのでここに掲載して通知します。

1.学期中に行った最後の小テスト(第2回小テスト)以後に扱った「排出量取引」から
 1題、出題します。
2.最終講義で再度取り上げた新株予約権、ストック・オプションの会計から1題出題  します。
3.その他は学期中に扱ったテーマすべてを出題の範囲とします。したがって、学期中 に行った小テスト、レポートで出題した問題、課題と類似の問題、課題を出題する可 能性もあります。
4.ただし、最後のテーマ、「国の特別会計」は出題範囲外とします。この点は7月10  日の授業の時にアナウンスしませんでしたので注意してください。(学部の教務係  掲示版に掲示をします。)
5.計算ないしは仕訳の問題と記述式の問題を両方、出題します。

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「会計と実体経済~レトリック会計学を超えて~」の講義資料

7月10日の最終講義用に配布した資料を掲載します。

(このブログの閲覧者の皆様へ)
以下の資料の数か所は近く発表予定の論稿で使うため、引用・転載はお控えください。

「会計と実体経済~レトリック会計学を超えて~」
http://sdaigo-kougi.cocolog-nifty.com/accounting_realworld20090710.pdf

資料集
http://sdaigo-kougi.cocolog-nifty.com/materials20090710.pdf

 収録した資料は次のとおり。
  <資料1> 自己創設のれんへの置換論の模式図
 <資料2> 付帯サービス付き製品販売の会計処理
 <資料3> ストック・オプションの無償付与の法的構成
 <資料4> ストック・オプションの報酬性に関する実態調査
 <資料5> 親会社が自社株式オプションを子会社の役員等に付与する場合の取扱
       い

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「国の特別会計」の講義資料

7月3日の授業で配布し、3日、7日の授業で使った講義資料、「国の特別会計~『埋蔵金』論争をめぐる財政と公会計の交差~」を掲載します。
http://sdaigo-kougi.cocolog-nifty.com/tokubetukaikei20090703.pdf

なお、別紙資料として、別紙1~別紙7までをセットにした資料も配布しましたが、そのうち、ファイル・ベースの次の資料を掲載します。

別紙2 「特別会計分析の3つのポイント」
http://sdaigo-kougi.cocolog-nifty.com/material2.pdf 

別紙3 「各特別会計の不用額の推移」
http://sdaigo-kougi.cocolog-nifty.com/material3.pdf 

別紙4 「各特別会計の予備費不用額の推移」
http://sdaigo-kougi.cocolog-nifty.com/material4.pdf 

別紙7 「平成16年度決算で使途未定のまま100億円以上の歳計剰余金を繰り越した特別会計・勘定のその後の決算状況」
http://sdaigo-kougi.cocolog-nifty.com/material7.pdf 

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「排出量取引」(Part3)の講義資料

7月3日の授業で使った「排出量取引」(Part3)の講義資料を掲載します。
http://sdaigo-kougi.cocolog-nifty.com/haishuturyo_torihiki_japan20090703.pdf

 この資料は、2009年6月23日に企業会計基準委員会が公表した実務対応報告第15号「排出量取引の会計処理に関する当面の取扱い」の改訂版で示された目下のわが国における排出量取引の会計処理方法を説明したものです。

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「排出量取引」(Part 2)の講義資料

6月30日の授業で配布した「排出量取引」(続)の講義資料を掲載します。
http://sdaigo-kougi.cocolog-nifty.com/emission_part2_20090630.pdf

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「排出量取引」(Part1)の講義資料

6月26日の授業で配布した「排出量取引」の講義資料を掲載します。

排出量取引
http://sdaigo-kougi.cocolog-nifty.com/emissions_trading_part1.pdf

なお、教室で配布したこの資料では余白になっている箇所がありますが、上に掲載した資料では、そこに「キャップ・アンド・トレードの概念図」を入れています。

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「金融商品の会計」(ヘッジ会計:続)の講義資料

6月26日(金)の授業で配布した「ヘッジ会計」(続)の講義資料を掲載します。
http://sdaigo-kougi.cocolog-nifty.com/hedge_part2_20090626.pdf

なお、上の講義資料の2ページに掲載した(参考)金利先物取引の数値例で、キャッシュ・フロー・ヘッジの効果(実質調達金利を金利先物の契約時の金利水準=年率4.5%にあらかじめ固定するという効果)がどのように達成されるかを授業で板書しましたが、改めて下記に図解しておきます。

金利先物取引で実質調達金利が固定される(この数値例では年率4.5%に)ことを示す図解
http://sdaigo-kougi.cocolog-nifty.com/cf_hedge_by_kinrisakimono.pdf

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第2回小テストの通知

第2回小テストを次のとおり、行います(学部掲示板に掲示済み)。

日時: 6月30日(火) 授業時間内に40分ほど時間をとって行います。
出題範囲:
 1.収益認識
 2.金融商品(ヘッジ会計を含む)
持ち込み:
 電卓のみ可

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「金融商品の会計」(ヘッジ会計)」講義資料

6月23日の授業で配布した「金融商品の会計」(ヘッジ会計)の講義資料を掲載します。

「ヘッジ会計の基礎の基礎」(ヘッジの要素、目的、ヘッジ会計の方法)
http://sdaigo-kougi.cocolog-nifty.com/hedge_basic20090623.ppt

「ヘッジ会計」
http://sdaigo-kougi.cocolog-nifty.com/hedge_part1.pdf

「キャッシュ・フロー・ヘッジの会計処理の勘定記入の図解」
http://sdaigo-kougi.cocolog-nifty.com/cashflow_hedge_account.pdf
 上記の講義資料「ヘッジ会計」の3ページに掲載した〔設例B キャッシュ・フローを固定するためのヘッジの会計〕の勘定記入を図解したものです。授業では板書しましたが、整理して図示したものです。

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